日本の高校サッカーの規模は世界にも類を見ないほどに大きい。
世間からの人気度こそ甲子園には劣るが、毎年の冬の選手権では初戦から多くの観戦者がスタジアムに足を運び、決勝戦は埼玉スタジアムが埋め尽くされるほどだ。(昨年の決勝の来場者数は56025人)
このように華やかで活気的な部活動ではあるが、その高校サッカーでの「普通なこと」が高校サッカーを面白くなくする原因であり、そして日本サッカーの人気度の向上を停滞させている
その普通なこととは「部員数過多」である。
普通の人でも、強豪校などは部員が多いという認識があるかもしれない。しかし、この高校サッカーでありがちなことが、世界と比べると「普通ではない」こと、ましてや「異常である」ことに私達は目を向けるべきだ。部員が多すぎることには多くのデメリットが隠れていて、日本サッカーのレベルの向上だけでなく"サッカー"というスポーツの社会的役割にも影響を及ぼす。
今回はその高校サッカーの根本的な問題について、ウェールズの育成組織との比較をしながら考察していく。
高校サッカーという「不健康」な部活
全国ベスト8の「1100人」がサッカーを楽しめていない
幕を閉じたインターハイで、ベスト8に入った高校名を見てふと思う、「強豪校は部員が多い」ということ。これは、冷静に考えて部活動としては非常に不健康である。このような部員数に関わらず、夏のインターハイの登録メンバー数は20人で、計算上、約1105人の選手たちが本戦メンバーとして戦えてない。
もちろん、本戦メンバー外の選手たちがただ座って見ているだけではないことは承知だ。応援やサポート要員、徳島に行かずに他の高校との練習試合をこなしたりと様々なストーリーがあることもわかっている。だが実際にその期間は何千人もの選手達にサッカーを熱く楽しめる環境が提供されていないのだ。これが「普通」であってはならず、「プレイヤーズファースト」ではないということは言わなくてもわかるだろう。
高校サッカー経験者として
私自身は、今年のインターハイ全国大会に出場した高校サッカー部出身だ。。現在の部員数は150人を超え、リーグ戦の時期は常にA・B・C・D・一年生のように5チームに分けられていた。
当時の私は1年生チームで公式戦出場ゼロ、2年生で一番下のカテゴリーで、3年生の春過ぎにAチームに昇格し、リーグ戦・総体予選・選手権予選のメンバーとして戦った。最終学年でスタメンとして絡めたのは良かったものの、1年生〜3年生の春までの2年間はずっと「その他」であった。
同じ経験をした人は強豪校関わらず多いだろうが、サッカー部の選手数の多さに加え、他部活とのグラウンドの共有により「その他」チームに与えられる平日の練習スペースはかなり狭くなる。僕がAチームでなかった時は、アップは陸上タータン行い、ボールを使う練習は狭いゴール裏でなんとか済ませて、やっとピッチに入れるのは最後のゲームの20分ほどだった。そして、その流れは稀にでなく、ほぼ毎日限られたスペースで可能な練習を約40人ほどで回すわけだ。
正直、Aに行くまでの2年間は同じような練習をして自分がどう上手くなったかもわからない。サッカーを本当の意味で楽しんでいたのかもわからない。今になって振り返ると、練習後の自主練で一番伸びたのじゃないかとさえ思えてくる。高校サッカー部に3年間在籍したのに、本当の意味で「チームの一員」としてプレーできたのは半年だけだった。違う高校に進学していた方が、きちんと出場機会を与えられてサッカー選手としては伸びていたのではないかと思ったり。
同じような経験をしたことがある人はいないだろうか。
「Aチーム争い」という日本の育成組織の独特の言葉
ヨーロッパに来て、高校サッカーの「Aチーム争い」が日本の育成組織の独特の言葉であるということがわかった。
高校サッカーのほとんどのチームでスタメン争いをする前に「Aチーム争い」が行われるが、そのAチームから漏れた選手には、他の高校で主力として活躍できる選手も数多くいる。しかし、Aチームの限られた人数の中に入れず、Bチームになったことによって成長する環境と時間が絞られる。成長したい選手が十分な練習の環境と時間を与えられず、Aチームの選手だけがさらに上手くなっていくケースだ。
このAチーム争いという日本独特のものは、サッカー選手としての成長を妨げることだけでなく、部活引退後の選手がサッカーを好きでいられなくなるということにも繋がる。この100人を超える部員数に関わらず、20〜30人しかリーグ戦・大会に選ばれないことに、技術・教育・社会的に見て、私たち指導者は危機感を覚えるべきだ。
高体連のサッカーは面白くない
インターハイとクラブユースが同時期に行われるこの時期に、よくTwitterで目にする話題がある。
「高校サッカーは面白くない」「Jのユースの方が格段とサッカーが面白い」
この意見は正直、間違っていないと思う。高校vsユースの時はインテンシティ・運動量vs技術・戦術のように見えることも度々ある。
しかし、ここで皆さんに知っておいて欲しいのは「今の高校サッカーのシステムで、面白いサッカーをするのは無理に近い」ということだ。
僕は、5月中旬から7月頭まで日本に帰国した際に母校の指導をさせてもらったのだが、選手数が多すぎて戦術を落とし込みたくてもそれがほぼ不可能であること、出来たとしても莫大な時間が必要であること、それが高校サッカーというものなのだということを強く感じた。
40人の選手を半面ピッチで指導することは非常に難しい。一人一人がボールを触ってる時間なども考慮すると、戦術的なチーム練習の際には約20人の見てるだけの余りが出てしまう。それを無視して戦術を落とし込もうと練習時間が長くなり怪我に繋がったりなど、そこには負のサイクルがあるように感じた。
実際に、高校サッカーに限らず指導者をされている方に、ポゼッション練習などの際に人数相応のスペースが確保できず、選手同士が1セットずつ休んだりプレーしたりというようにして回している人などいないだろうか。それがそもそも「常識外」であるということに気づきたいところだ。
ウェールズを例に考える
ウェールズサッカー協会は、選手の最大限の成長を促すためにシーズンを通して登録できる選手数を定めている。U8〜U19を通して16〜20人までと決まっており、シーズン開幕前にデータベースに選手情報を登録する必要がある。
この人数制限には多くのメリットがあり
練習・ゲーム時間の確保
各選手がレベルに合ったチームでプレーできる
コーチの成長に繋がる
引退後もサッカーを好きでいられる
などがある。
練習・ゲーム時間の確保
ウェールズでは「Ball rolling time」としての共通認識がある「選手が練習時間内に実際にプレーする時間」を増やすことができるというのが一つ目のメリットだ。
今の高校サッカーでは各チーム30人は超える人数にどのように十分なプレー時間を与えるかという無理難題だ。基本的には、練習時間の内70%の時間を一人一人がプレーするのが最低限だが、高校サッカーでそれを遂行できているチームはどれくらいいるだろうか。
基礎練習は全体でできるものの、ポゼッションやゲームは順番を待つ選手たち出てくる。練習時間に比べてサッカーをしている時間は意外と少なく、その分を自主練で補っている選手は多いだろう。もしあなたがコーチをしているのであれば、練習を撮影して実際に選手が練習時間内にどれだけプレーしているかを測ってみてはいかがだろうか。
また、人数が制限されていることは、当然ながら選手に十分なゲーム時間を与えることにも繋がる。高校サッカーの練習試合は一人当たり1本・1本半ぐらいだと思うが、この限られた出場時間は公式戦で70〜90分を戦わなければいけない選手のことを考えると十分ではないだろう。それは、体力面のみならず、ゲーム感なども含めてだ。
ウェールズの場合、練習中に待ちが出るなんてことはあってはならないことだ。多くのチームが16〜20人の選手に対し2人もしくは3人のコーチで指導している場合がほとんどで90分の練習が休みなく進んでいく。大体の流れとして
全体でWarm-UP
2グループで基礎技術練習
同じグループでポゼッション・もしくは対人
戦術的条件ありのゲーム
普通のゲーム
というように、90分間を通して選手全員が待つことなくノンストップでボールを触る。1つの練習だけだと10分・20分ボールを触らないぐらいの差かもしれないが、長期的には相当の違いが生まれてくるわけだ。
各選手がレベルに合ったチームでプレーできる
これは日本と欧州の育成ルールが違うので簡単な話ではないのだが、選手数に制限があることは選手間競争を激しくする。
ウェールズまたは欧州の育成年代の選手はカテゴリーに関わらず基本的に単年契約で、良ければクラブに残り、チームのレベルに合わない選手はシーズン終了後に他のチームに放出されるのが普通だ。この毎年の選手の入れ替えは選手にとっては厳しいことかもしれないが、選手育成を最大限重視した場合には必要不可欠なことであると感じている。
というのも、試合に出場できていない選手は、そのチームだから出れないのであって、他のチームでは主力として活躍できるかもしれない。「放出される」と聞くと、すごくネガティブな事のように思うかもしれないが、「その選手のレベルに合ったチームで試合に出場して成長してもらう」というプレイヤーズファーストな考えだ。加えて、その毎年の選手の入れ替わりは選手のスタンダードの一致によって練習の質の向上も見込まれる。
日本では選手の「囲い込み」が高校サッカーに限らず大学・中学・小学生年代にまで浸透しているのが現実だ。
囲い込みをして結果を出している高校も多いが、実際に選手の何割がサッカー選手として満足のいかないまま卒業を迎えているのだろうか。他の高校に行かせないこと・学費や部費などが理由で「まあ取っておくか」と、選手を獲得してどうやって選手を大切に出来るのだろうといつも思っているのが正直なところだ。プレイヤーズファーストはどこにいったのだろうか。
実際に強豪校だと、Aチームに関われない選手の中に他のチームで活躍できそうな人は山ほどいる。その選手たちが他のチームで主力として活躍するのと、「その他」の恵まれない環境でやるのとではどっちが成長するのだろうか。
コーチの成長にも繋がる
選手数の制限があることのメリットは選手のためだけではない。それは、コーチが成長しやすい環境が生まれるということで、そのコーチの成長が選手のパフォーマンスの向上にも直接影響を及ぼすのだ。
実際に日本で指導しているコーチの中で、選手数が多いが故に練習をプランする際「この人数をどう効率よく回せばいいか」を優先的に考えなければいけない人はどれくらいいるだろうか。そうなると、なるべく説明の少ない基礎練習→みんなでできるポゼッション→全体でゲームという流れになりがちだ。限られた練習時間で選手をできるだけプレーさせたい思いで、戦術的な指示をしたくても練習を中断しにくくなるということは、僕自身も母校に戻った時に強く感じたジレンマだ。
しかし、この「戦術的な指示をしたくても練習を中断させることが難しい」という状況はどこのチームでも絶対にあってはならないと私は感じている。その理由として、選手育成において技術・体力面のみならず、認知・戦術理解の向上が非常に重要であり、そのためにコーチが"サッカー"を体系的に教える練習を考える必要があるからだ。
選手数が適切であることは「どのような"サッカー"を選手に教えるか」を考える時間をコーチに与え、練習メニューの試行錯誤を可能にする。それがあってチームの戦術スタイルや原則を落とし込むメニューを練習に組み込むことができ、世界で戦えるような、サッカーIQの備わった選手育成に大きな影響を与える。
だが現状として、その余裕が与えられているのはJの下部組織コーチぐらいしかいないのではないかとも感じる。「どのような"サッカー"を教えるか」を考えピッチで試行錯誤することは"サッカー"指導者としての成長プロセスの中で非常に重要な事だが、多くの部員を抱える高校の指導者たちにはそれをすることが難しいことが多い。有名な強豪校の監督でも、蓋を開けてみれば一人の"サッカー"指導者としての能力はイマイチということもあるのではないか。実際、彼らは「サッカーを教えるプロ」としてではなく、「教育のプロ」の方が多いという印象だが、世界の育成組織に高校サッカーを追いつかせるためには彼らが"サッカー"指導者として成長をすることはこれからの高校サッカーの発展に限らず、日本サッカーにとっても非常に重要な事だと思っている。
引退後もサッカーを好きでいられる
そして、最後のメリットとしてサッカーを好きで始めた選手達が、現役引退後もサッカーを好きでいられるようになるということだ。
皆さんの周りに、高校サッカーなどでの激しいAチーム争いを経て、部活引退後にサッカーに興味が無くなってしまった・続けない人はどれぐらいいるだろうか。高校サッカーの倍率の高いメンバー争いは、必然的に選手たちを勝利至上主義に仕立て上げる。1年生や試合に出られない選手はは多くの雑用を任されてAチームまたは上級生を陰で支えることが常識だが、その 悪しき慣例が選手達にジリジリとサッカー本来の楽しさを忘れさせる。そして、サッカーボールを蹴るのが好きで始めたサッカーが、上手くないと試合に出られない「限られた人しか許されないスポーツ」へと変容していくのだ。
それは、
体を動かすという人間の本源的な欲求にこたえるとともに、爽快感、達成感、他者との連帯感等の精神的充足や楽しさ、喜びをもたらし、さらには、体力の向上や、精神的なストレスの発散、生活習慣病の予防など、心身の両面にわたる健康の保持増進に資するものである。
文部科学省より
というスポーツの本来の目的を、サッカーが好きな人に与えられないということになり、それによって次々とサッカーを続ける人が減っていく。
U8〜U19の約12年間でサッカーを伸び伸び楽しめるウェールズの育成組織の場合はどうだろうか。それこそ、シーズン毎の選手の入れ替えという面では「メンバー争い」があるかもしれないが、それを行うからこそ各選手がサッカーを1年間楽しむことができる。練習では、コーチがプランしてきた豊かなメニューを休みなく楽しむことができ、試合の日にはスタメン・ベンチ関わらず必ずチームの一員として戦うことができる。ウェールズ・欧州の育成組織は、サッカーチームという社会的コミュニティで自分の大好きなサッカーを滞りなく続けられる、そんな健康的なシステムなのだ。
多くの人がその経験を経て育成組織を終えるからこそ、中野遼太郎さんが仰った「めっちゃ楽しそうにサッカーをする下手なおっさん」がヨーロッパにはたくさんいるのだと思う。そして週末には、彼らは必ずビールを片手にスタジアムに現れ、大好きなサッカーチームを本気で応援するのだ。サッカー人気はそのおっさんによって成り立っているようなものだ。
最後に
日本に帰国した際に高校サッカーに再び関わったこと、インターハイ・クラブユースが最近あったこと、そしてウェールズでのコーチ活動が再開したことなど色々重なって高校サッカーがどうあるべきかをツラツラと書きました。話すのは超得意なのですが文章を書くのは超苦手なので、途中で訳わからないところもあったかもしれませんが、高校サッカーが今のままでは一生発展できないという意見をなんとなく理解していただけるとありがたいです。
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