小中高校を通して全国大会の経験が一度もなかった選手がJ3の舞台へ
7月10日、理想的な環境を整え「プロフェッショナル・フットボール・アカデミー」と命名された通信制高校の一期生がプロのピッチに立った。18歳の誕生日を2日後に控えた彼には、小中高校を通して全国大会出場の経験が一度もない。つまりJ3が、初めての「全国大会」になった。
福井悠人は、ラ・リーガでのプレーを夢見て、ネイマールに憧れるサッカー少年だった。小学生時代に一度大阪府トレセンに呼ばれたことはあるが、他に際立った勲章はない。大阪府内では強豪の賢明中学から同高校に進学するが、入学して間もない5月には退学してスペインへ留学した。
「マドリードのクラブチームでプレーし、どこかのタイミングでプロのカンテラ(下部組織)へ移籍しようと思っていました」
ところが留学して7か月後に、ビザの更新が叶わず帰国を強いられてしまう。高校1年生の年末に相当する時期である。次の選択肢は限られていた。
「当時はかなりショックでした。でも淡路島に出来た新設校に進学した友人がいて、とても良い環境だと聞き面白そうだと感じていました。もともと挑戦することが大切だと思っているタイプなので、帰国は悲しかったけれど一方でワクワクもしていました」
結局悠人は、2002年日韓ワールドカップでイングランド代表が利用した淡路島の施設を拠点とする通信制の神村学園淡路島学習センターに入学し、やがて新しい受け入れ先となる相生学院にチームメイトとともに全員で転校した。
上船利徳・総監督が、悠人との初対面を思い起こす。
「ウチに練習に来て、ウォームアップを見ただけで良い選手だとわかりました。技術が高く、ドリブルも上手くて、シュートも両足にパンチ力を持っていた。周りも良く見えていたし状況判断もしっかり出来ていました。でもこのままじゃプロは無理だな、と感じたのも事実です」
当たり前のことだが、長所だけを比べても16歳の悠人を凌駕する選手たちは無数に存在する。ただし上船監督(当時)は、長所を磨く術を直截的に言及したことはなかった。ある時は、タイプが似ていて現在スペインで活躍中の乾貴士に繋ぎ、Zoomを通して体験談を聞かせた。また別の機会には、上船自身が長友佑都と一緒にトレーニングをした時の様子や、大迫勇也の鹿児島城西高校時代の練習ぶりなどを情報として伝えた。自分が押しつけるより、具体的に日本代表で活躍する選手たちの努力を伝える方が、はるかに本人のモチベーションを上げ、今やるべきことを考えるようになると思ったからだ。
悠人自身が振り返る。
「相生に来て技術、メンタルともに凄く成長出来たと思います。入学した頃は、周りも無名の選手ばかりで特にレベルが高いとも思いませんでした。でもみんな次々に長所が見つかり、意識も変わって上手くなって来ました。ここへ来て、サッカーが上手くなる時間が他の人よりたくさん確保できたと思います」
JFLのチーム相手にドリブルで翻弄。一方で守備面での課題も
相生学院は通信制の利点を活かし、トレーニング、学習、社会活動、セミナーなどを効率的にこなしていく。高校生ながら社会人や大学との練習試合も頻繁に組み込まれ、選手たちはプロに近い強度の実戦経験を積み重ねて来た。最近では大学チームに一泡吹かせたこともあり、JFLのチーム相手には悠人が3~4人をドリブルで抜き去るシーンもあったという。
「でも大事なのは、抜いた後にゴールを決めること。何人抜いたかは、あまり意識していません」(悠人)
一方で時間がかかったのが、守備への貢献だった。上船総監督が言う。
「ウチでは代えの効かない武器を持つことを最優先にしています。でもどんなチームへ行っても誰もが要求されることもある。ボールを取られたら取り返す、プレスに行く、切り替え…、それはチームの大原則で最低限やらなければいけない」
誰にもない武器を持つ悠人は、誰もがやる(出来る)ことを大きな課題としていた。もちろん悠人にも、その自覚はあった。しかし心底危機意識を抱くには至らなかった。
そこで上船が荒療治に出た。テレビクルーもフォローした試合で、敢えて12人の部員の中から10番の悠人をベンチに置いた。
「外された時は、メチャメチャ悔しかった。でも暫くして、それが一番大切な部分なんや、と気づくことが出来ました。今では外してもらって良かったと思っています」
今年に入って相生学院は、元アイルランド代表GKで、アーセン・ベンゲル指揮下のアーセナルを15年間もコーチとして支えたジェリー・ペイトンを新監督に招聘。世界のトップシーンを知る指揮官も「悠人は、どんなメニューに取り組んでも、ウチのベストプレーヤーだ」と称賛している。
こうして6月15日、悠人はカマタマーレ讃岐の特別強化指定選手と認定され、来年度からの加入が決まった。そして翌月、八戸とのアウェーゲームで途中出場し、Jリーグへのデビューを果たした。
「スタジアムに入る時は物凄く緊張して、どうなるんやろうな、と思ったんですが、交代出場して自分の名前を呼ばれた瞬間に、その緊張感が全て消えました。今までのサッカー人生の中で一番楽しくて、ここでもっとプレーしたいと思いました」
相生学院はプロクラブが欲しいと言えば、快く送り出す方針でスタート
ピッチに立ったのが90分で、両チームともにゴールへの最短距離を急ぐ展開になっていたため見せ場はなかったが、それでも「プロ輩出」を目指した相生学院最初の最上級生が、目標への第一歩を記した瞬間だった。
「いろんな選択肢を持ちながら、自分でも仕掛けていけるのが僕のストロングポイント。クラブでトレーニングをしていても、そこは通用していると思うので、あとは守備の強度を上げ運動量を増やし、その中で得点を取れるようになれば、もっと試合に絡んでいけるのかな、と思います」
賢明中学時代の1学年上に、京都サンガユースへ進みU-17日本代表にも選ばれた中野瑠馬がいた。実は悠人は彼に憧れてドリブラーに変わった。しかしその中野は立命館大に進学。プロのピッチは、悠人が先に経験した。
相生学院は、チームの結果を最優先するのではなく、途中でプロクラブが欲しいと言えば快く送り出す方針でスタートしている。実際上船総監督も、そのままプロでキャリアを積むことを勧めた。だが悠人は、全国高校選手権への出場を熱望して相生学院に残った。
「仲間がいなければ今の自分はない。僕が讃岐でデビューした時も、みんな寮から一生懸命応援してくれた。アイツらを絶対に全国に連れて行ってやりたいんです」
プロを知る悠人を擁す相生学院は、選手権で大きな台風の目になるかもしれない。(文中敬称略)
取材・文●加部 究(スポーツライター)
写真提供●福井昌之
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鹿児島城西のMF芹生は、身体の使い方が上手く、パスセンスも高い司令塔だ。写真:松尾祐希 今年のチームは攻撃陣にタレントが揃う “半端ない”FW大迫勇也(神戸)を擁して選手権で準優勝を果たしてから15年。鹿児島城西が虎視眈々と復権の機会を狙っている。 鹿児島の高校サッカーと言えば――。2000年代の前半までMF遠藤保仁(磐田)やMF松井大輔(YS横浜)らを輩出した鹿児島実がその名を轟かせた。 近年は神村学園が躍進し、昨年度は福田師王(ボルシアMG)やMF大迫塁(C大阪)を擁してベスト4まで勝ち上がったのは記憶に新しい。インターハイは6年連続、冬の選手権も昨年度まで6年連続で出場しており、今季から2種年代最高峰のU-18プレミアリーグ高円宮杯に参戦するまでになっている。 一方で鹿児島城西は前述の通り、2008年度の選手権で日本一にあと一歩まで迫り、以降も神村学園と切磋琢磨し...
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