これまで風間八宏は常に新たな道に進み、日本サッカーの常識を覆してきた。
筑波大学卒業後、実業団からのオファーを断り、1984年にドイツのレバークーゼンに入団。1989年にマツダ(現サンフレッチェ広島)に加入すると、「俺はチームを優勝させるために日本に戻ってきたんだ」と言って日本代表を辞退。その言葉通り、1994年に主将として広島の1stステージ初優勝に貢献した。
指導者になると、さらに大きなインパクトを残す。2012年4月に川崎フロンターレの監督に就任すると、技術にこだわって攻撃的なスタイルを追求。現在Jリーグで首位を独走する王者フロンターレの土台を築いた。
2017年から約2年半率いた名古屋グランパスでは、さらに狭いエリアに相手を閉じ込めるサッカーに挑み、途中解任となってしまったが、「誰もやっていないこと」に挑み続けてきた。
なぜ風間八宏がセレッソに?
その日本サッカー界きっての革命家が、新たなプロジェクトをスタートさせた。
2021年1月、風間はセレッソ大阪アカデミーの技術委員長に就任。ユース、ジュニアユース、スクールの改革を託された。いったい風間は何をしようとしているのか?
事の始まりはセレッソの森島寛晃社長と梶野智強化部長が、Jリーグを分析したことだった。どんなサッカーが勝っているか? これからどんなサッカーが強くなるのか? いろいろな視点から調査し、彼らは風間の存在に行き着いた。
まず梶野が風間のもとを訪れ、次は森島も同行。最後はセレッソアカデミーの代表理事を務める藤田信良も一緒に出向いた。まさに「三顧の礼」である。
風間はこう振り返る。
「森島社長らから『ただ単にプロ選手を出すのではなくて、特別なプロ選手を出したい。そのためにいろんなアイデアを出して欲しい』と言われました。セレッソからの熱意を感じたので、私の決断も早かった。ぜひ一緒にやりましょうと回答しました」
「小野伸二の世代までは高卒Jリーガーが強烈だった」
風間はJリーグの監督を経験し、あらためて日本サッカーの大きな課題に気づいた。
それは「突出した個」の不足。
優れた選手はいるし、平均値は間違いなく上がっている。だが、ヨーロッパに目を向けたら、10代の中心選手がたくさんいる。育成改革が必要だと確信した。
「小野伸二の世代の頃までは、高校からJリーグに入って来る選手はみんな強烈でしたよね。野球でいうところの4番打者、エース級がごろごろいた。今は驚きをもたらす選手が減ってしまった。
昔なら中田英寿、名波浩、小野伸二、中村俊輔たちは特別なプレーヤーとしてヨーロッパへ行った。そういう個性がどんどん薄まっていると感じています」
大空翼、日向小次郎、松山光だって“別のチーム”
なぜエース級が減ってしまったのか? 風間は育成の構造に原因があると見ている。
「Jリーグの初期は、地域のエースがJユースにさえ集まりすぎることはなかった。それがいつしか、様々なチームが短期的に“今”を見て“その時点のエース”を集めてしまっている。
たとえばJユースの人数は1チームあたり約30~40人。そこにエースを集めると、エースの役割をできるのは1人になってしまう。『キャプテン翼』だって、大空翼、日向小次郎、松山光らエース級が異なるチームを背負っているから切磋琢磨して、それぞれのスケールが大きくなるわけじゃないですか。
早くからエースを集めすぎる傾向が、小野伸二のような選手の数を減らしていると思います」
風間は名古屋の監督時代、元バルセロナのデコと食事する機会があった。デコは引退後に代理人になり、MFシミッチ(現川崎)の担当者として来日したのである。
「デコはバルセロナへ加入したとき、ロナウジーニョやジュリら10番タイプばかりでチームが成り立たないと思い、監督に『僕を守備的なMFにしてください』と言ったそうです。
このようにプロでは、エース級が競争の中で脇役になっていくことはよくあります。でも、それを育成年代からやったら個が潰れてしまいます」
「Jユースか部活か」問題
高校年代で脇役にならないように、セレッソはエース級を抱えすぎないつもりだ。風間は大阪の指導者と連携して、みんなで育てる方針を打ち出した。
「誰が育てたとか、どこのチームが育てたとか、そんなことよりも大事なのはどんな選手が地域から生まれたかです。
だからセレッソのアカデミーでは選手を抱えすぎない。たとえば同学年に5人のエースがいたら、1人はセレッソのユース、あとの4人はそれぞれこの考えを理解してくれる指導者のチームで育つのも一つの手だと思います。そうすれば5人全員の可能性を保てる」
こう聞くと「エースだけを優遇していいの?」と思うかもしれないが、それは誤解だ。
「エースとなる10番がしっかり育てば、自然とチームメイトの5番、6番、8番、9番も刺激を受けてすごくなるんですよ。1人の絶対的な選手が、まわりの力をも引き上げる」
育成界では「Jユースと部活、どちらが優れた選手を出せるか?」がよく議論されるが、風間はそもそも分けて考えていない。
「プロクラブとしては、両方を“地域の仲間”として考えるべき。先ほども言ったように、ユースで見られるのはたかが1学年10~15人。それでは足りない。
Jユースと部活、どちらも特別な選手を出し、彼らがプロの世界へ行けるようにする。両方の道が必要。ユースと部活を比べることがおかしい」
ユースは“飛び級”ができる
風間の考えでは、ユースと部活にはそれぞれの良さがある。
ユースの長所は、エリート教育的にプロへの準備をできることだ。
「ユースでは、徹底的にプロになる準備をさせないといけない。中学生の時点でプロになるなと思った子には、あらゆる面から戦えるようにする。いろんな知識を身につけさせ、どんどん飛び級させる。
しかし、焦ってはいけない。トップに上げるのは、すべての要素を身につけて戦う準備ができてから」
風間は以前、ある下部組織の指導者たちから、中学生の中で突出している選手について相談を受けたことがあった。
「私が彼らに言っていたのは、絶対に慌ててはいけないということ。中学では速い、強い、うまい。でもプロになったらどれが特別な武器になるか?
大事なのは、いつ始めたかじゃない。どこまで行ったかです」
中村憲剛のような選手を無理やりユースに入れますか?
一方、部活の長所は、マイペースで武器を磨けることだ。
「遅れて成長する子たちもたくさんいる。そういう子たちにとっては、部活はすごく大きな意味がある。まだプロで戦うには早い子たちはそこへ行った方がいい。
大卒で花開いた中村憲剛のような選手を見つけたときに、無理やりユースに入れて、荒波の中に放り込みますか? セレッソでは地域の指導者と連携して、みんなで見ていく。そんな体制をつくりたい」
「Jユース→他クラブへ行きづらい」問題
Jリーグの下部組織にはリーグ規約で他クラブのアカデミー選手に直接アプローチすることが禁止されているためか(代理人を挟めば問題ない)、奇妙な縄張り意識があり、高校卒業と同時に他クラブのトップへ行くのは良しとされていない風潮がある。もし自クラブのトップへ上がれなかったら、ほぼ大学へ進学するしか道がなくなってしまうのだ。
部活でプレーすればそういう縛りがないため、最近は「プロになりたかったら部活の方が有利」と言われ始めている。
セレッソはこの問題にもメスを入れるつもりだ。
「セレッソのユースにいる約40人全員をセレッソのトップに上げるのは、枠が限られているのでかなり難しい。でも他クラブへ行くのを容認できれば、選手の可能性を広げることができる。日本サッカー界はプレーヤーズファーストをうたいながら、この点では全然そうじゃなかった。セレッソではすでにアカデミー卒業生が他クラブへ行った例が過去にありますが、今後も必要に応じてそういった方法も探っていきたいです」
「世界で一番うまい、大阪にしかいない選手」を生み出す
地域一体となった育成を実現するには、優れた指導者がたくさん必要だ。今、風間はセレッソで指導者の育成に取り組んでいる。
「自分1人でやれることには限界がある。セレッソのスクールの指導者たち、そしてアカデミーの指導者たちにそれぞれ週1回のペースでボールを使った講習を実施している。『止める・蹴る・外す・運ぶ』といった基礎を身につけてもらい、みんなの目をそろえたい」
セレッソのアカデミーダイレクターの丸山良明も講習に参加している。横浜F・マリノスやアルビレックス新潟で活躍した元プロ選手だが、風間のもとで日々新しい発見があると言う。
「技術的な追求をして、絶対の選手と圧倒的な選手をつくりたい。組織に隠れる選手じゃなく、自分が中心になって仲間を納得させるし、相手をやっつけられる選手。そのためにはボールを操る、体を操る、頭を操るという技術がなければならない。
僕も選手時代、技術にこだわっているつもりでしたが、意思をボールに伝えるところまで考えていなかった。みんなで楽しみながら取り組んでいます」
風間は自身のノウハウを、大阪の地域に還元したいと考えている。
セレッソでは指導者の育成にも取り組む ©Shinya Kizaki
風間は自身のノウハウを、大阪の地域に還元したいと考えている。
「ノウハウを街のクラブや高校にも伝えて、私たちが持っているものを地域にどんどん還元していきたい。すでに近隣の学校の指導者とも少しずつ交流を始めています。
アカデミーから何人Jリーガーを生み出したかなんて目標は考えてない。世界で一番うまい、大阪にしかいないという選手を生み出したいと考えています」
風間メソッドによって、フロンターレはJリーグ最強チームの土台を築いた。今度はそれがセレッソのアカデミーで実践されていく。
大阪の地から「世界で1人しかいない選手」を生み出す壮大な挑戦が始まった。
(【続きを読む】風間八宏に聞く「高校サッカーのロングスロー問題、どう見てました?」「日本で論争すること自体が論外だね」 へ)
森田記者が推薦するMF長田叶羽(ガンバ大阪ユース、3年) 7月22日に開幕する夏のクラブユースチーム日本一を懸けた戦い、第48回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会の注目プレーヤーを大特集!「クラセン注目の11傑」と題し、ユース年代を主に取材するライター各氏に紹介してもらいます。第1回は関西の高校生を中心に各カテゴリーを精力的に取材する森田将義記者による11名です。 森田記者「すでにトップチームに欠かせない戦力になりつつある広島ユースのMF中島洋太朗。6月の新潟戦でJ1デビューを果たした鹿島ユースのFW徳田誉。高3ながらもこの夏、海外に渡る熊本のFW道脇豊。今年はアカデミー出身の若い選手の飛躍が目を惹きますが、クラブユース選手権(U-18)には彼らに続く可能性を秘めた選手がまだまだ存在します。今回は夏の祭典を機にブレークを果たしてくれると期待し、見た試合でのインパクトが...
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