流経大のコーチになった曹貴裁。 現場復帰への葛藤と変わらぬ熱さ。
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流経大のコーチ就任以降、真摯に学生と向き合ってきた曹貴裁。サッカーへの情熱はそう簡単に消えることはない。

 

 北関東の茨城県で静かに再起への一歩を踏み出した。

 

 

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 昨年10月、スタッフと選手へのパワーハラスメント行為で湘南ベルマーレの監督を退任した曹貴裁は、今年3月から通経済大のコーチとして現場に立っている。日本サッカー協会から指導者資格の公認S級コーチライセンスを1年間停止する処分を受けており、大学での指導は研修も兼ねる。現在は新型コロナウイルスの感染拡大による影響でチーム練習は休止しているが、約1カ月の間、真摯に学生と向き合ってきた。

 

 その姿をずっと見てきた同大の中野雄二監督は感心しきりだった。

 

「チョウさんは練習から選手たちをやる気にさせる雰囲気をつくっています。学生たちの顔を見ていれば、よく分かりますよ。本当に楽しそうにサッカーをしているんです。映像を使ったミーティングを見ていても、諦めない姿勢を植え付けるのがうまい。ただ『走れ』と言うのではなく、いつどこでその意識を強く持つべきかを具体的に説明しています。だから、選手たちの頭にもすっと入っていくのでしょう」

 

「熱い気持ちはしっかり残っている」

 

 湘南時代同様にミーティングで強調しているのは、人としてのあり方だ。流通経済大で20年以上指導し、110人を超えるプロ選手を育ててきた名伯楽は、しみじみと話す。

 

「チョウさんは教育者です」

 

 いい意味での厳しさは消えておらず、チームの雰囲気が悪くなっていると思えば、カツを入れる。まだ遠慮が見えるものの、熱血指導は変わらない。ベテランの指揮官は、はっきり言う。

 

「熱い気持ちはしっかり残っている」

 

 曹貴裁コーチの言葉は、早くも選手たちの心を捉えている。すでにベガルタ仙台に内定している4年生のアピアタウィア久は、充実感をにじませていた。

 

「『仲間に信頼される選手こそが一流だ』と言われて、1つひとつのプレーに責任を持つようになりました。チョウさんが来てから、僕も含めて全員の考え方が変わったと思います」

 

約1カ月の指導で変貌した流経大

 

 ヘッドコーチのような役割を担い、練習メニューから試合のメンバー選考まで一任されている。中野監督が口をはさむことはほとんどない。取り組む姿勢は、最初から本気だった。自主的に昨季の試合映像などを見てチームを分析し、トレーニングで修正したいポイント、新たに取り組みたいことをまとめてきた。

 

 そして、約1カ月の指導でチームを見違えるように変貌させた。課題だった攻撃から守備の切り替えが早くなり、3月の練習試合では1部リーグの早稲田大、中央大、明治大にも快勝した。

 

「チョウさんの指導で学生たちは守備の面白さを感じるようになっています。守備からゲームを動かせるようになりました。今季は関東大学2部リーグで戦いますが、1部のどのチームにも負けないくらいだと思います」

 

 流通経済大のグラウンドに立つ熱血漢の顔は、生き生きしている。中野監督は、その表情の変化を敏感に感じ取っていた。

 

すぐに首を縦に振ることはなかった。

 

 昨年末に顔を合わせたときとは、まるで別人だ。待ち合わせの東京駅に現れた曹貴裁は、憔悴していた。デパートの静かな鰻屋で膝を突き合わせ、直接コーチの打診をしたときも表情は固いままだった。

 

「いまは現場に立ちたくないです」

 

 すぐに首を縦に振ることはなかった。むしろ、距離を置きたがっているように感じたが、将来的に現場に戻る意思があるのかを確認した。あふれんばかりの情熱を傾けてきた指導者である。簡単にあきらめるはずがない。

 

「このままサッカー界から去るつもりはないです」

 

 このブレない思いを聞き、間髪容れずに言葉を返した。

 

「それならば、研修を積んで、堂々とJ1の舞台に戻る形を取ったほうがいい。反省すべきことは反省し、指導をしてもらいたい。認定された事実は変えられないが、これをどう受け止めて、どう変わるかが重要だと思う。私もたくさん失敗したけれど、周りの人に助けられてここまできた。人は失敗した分だけ成長できる」

 

すべてがゼロになるわけではない。

 

 時間をかけてじっくりと話し込んだ。その場で話はまとまらなかったが、徐々に心を開いてくれているのは感じ取れた。2人の接点はこれまでほとんどなく、社交辞令の挨拶を交わす程度。それでも、日本サッカー協会の技術委員会の一員でもある中野監督は同じ指導者として、他人事に思えなかった。

 

「今回、チョウさんに下った処分は、自分のことのように捉えているんです。多くの指導者たちも、きっと失敗してきたはず。チョウさんは日本サッカー界の宝です。1度の失敗で、これまでの功績がすべてゼロになるかと言えば、そうではない」

 

 ただ本人が最後まで気にしたのは、大学側への配慮だ。コーチ陣、選手たちに嫌な思いをさせないか。サッカー部の名前に傷をつけないか。中野監督が「気にすることはない」と説得しても、すんなりはいかなかった。

 

 今年1月、流通経済大の施設に直接招き、コーチ陣と選手たちに対面させた後、ようやく前向きな言葉が出てきた。

 

「現場に立ちたくなってきました」

 

「チョウさんとともにいい1年に」

 

 アマチュアでの再出発は、簡単に決断したわけではない。そしていま、まっすぐに大学サッカーと向き合っている。コーチ陣とは良好な関係を築き、選手たちにも歓迎されている。当初は緊張して身構えていた4年生たちも、壁を感じなくなった。

 

 最終学年でレギュラー奪取を誓う冨永和輝は、曹貴裁コーチの指導で成長のきっかけをつかんだ1人。

 

「チョウさんが来てから、チームが良くなったとみんな言っています。プロの基準で話してくれますし、個人的にもいいコミュニケーションが取れています。湘南時代の梅崎司選手や杉岡大暉選手(現・鹿島アントラーズ)たちの話もしてもらいました。今季は2部リーグで優勝して、チョウさんとともにいい1年にしたいです」

 

 5月30日に予定されていた関東大学リーグの開幕は再延期となり、先行き不透明な状況が続いているものの、流通経済大の監督、コーチ、選手たちのモチベーションが落ちることはない。どんな困難も乗り越えていくはずだ。

 

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