海外で所属先を模索中だという浅野快斗(右)。現在は、兄・拓磨がいるセルビアに滞在している。
3月、浅野家の六男・浅野快斗は、三男・拓磨のいるセルビアはベオグラードにいた。
「久しぶりに兄貴と一緒に生活しました」
兄弟水入らずの時間で多くの会話をした。サッカーのこと、家族のこと、そして将来のこと。快斗にとってこの時間は大きな価値のあるものだった。これまで積み重ねた家族への思い、浅野家の六男としての立場、1人のサッカー選手としての自覚。さまざまな思いが交錯し、未来の自分を確認する時間であった。
「拓磨も雄也(四男・サンフレッチェ広島)も凄いと素直に思います。でもそれは今だからこそようやくそう思えるようになったのであって、それまでは素直に受け止められない現実がありました」
拓磨、雄也の背中を追う快斗。
六男一女の浅野家において、三男・拓磨は名門・四日市中央工高で選手権準優勝に輝き、高校卒業後は家族初のプロ選手として、サンフレッチェ広島で活躍した。その後、ドイツに渡ってシュツットガルト、ハノーファーでプレー、日本代表としてロシアW杯アジア最終予選でも活躍した。W杯出場メンバーからは落選してしまったが、森保一監督が率いる日本代表にも選出されるなど、次のカタールW杯に向け、現在はセルビアの名門クラブであるパルチザン・ベオグラードでプレーしている。
そして拓磨の2学年下である四男・雄也は四日市四郷高から大阪体育大に進学し、昨年に水戸ホーリーホックに加入。今季から拓磨も在籍した広島に移籍(昨年8月に広島移籍し、水戸にレンタル移籍だったため復帰)した。
六男・快斗は拓磨の7学年下、雄也の5学年下。拓磨と同じ四中工に入学して、今年度の高校選手権でベスト8に進出。卒業後、プロサッカー選手を目指してドイツに渡るも、新型コロナウイルス拡大防止の影響で、拓磨のいるベオグラードに一時滞在していた。
拓磨は僕にとってヒーロー。
「中学生の時までは純粋に拓磨を応援していました。僕にとって最高のヒーローだったし、選手権で準優勝をした時は本当に感動したし、かっこよかった。僕も拓磨のようになりたいと思って、四中工に入ることを決めてサッカーにより打ち込むようになりました」
広島に進み、リオ五輪にも出場するなど、注目を浴び続ける兄を追いかけていたが、中3になり四中工入りが決まると、大きな変化が生まれてきた。
「僕が四中工に入ることが周りに知られるようになったあたりから、『え、四中工に行くの?』とか、『やっぱり兄を追って入るんですか?』、『兄の影響が大きいのですか?』と必ず聞かれるんです。その通りなんですけど、それ以上に『ああ、世間の目ってやっぱりそこなんやな』と思ったんです。兄の偉大さを痛感すると共に、『兄は関係ない』と相反する気持ちが芽生えてきたんです。それまでは憧れ以外の何ものでもなかったのに」
浅野拓磨の弟――。入学前からこの枕詞を使われるようになった。入学時、県外から来た選手に「あれが浅野拓磨の弟か」と注目されているのがわかった。しかも快斗がプレーするFWのポジションは最激戦区だった。同じ1年生に森夢真(アスルクラロ沼津)、田口裕也(ガイナーレ鳥取)、和田彩起(元U-17日本代表)などタレントが揃っていただけに、1、2年時はトップチームでの出番がほぼ訪れなかった。
「空回りはたくさんありましたね。入学直後から上手い選手はたくさんいるし、出られる保証はないと分かってはいましたが、本当になかなか出られなくて苦しかった」
2人のアドバイスに「なんやねん」。
それでも容赦なく「浅野拓磨の弟」という言葉はのし掛かった。
高3になると、雄也が水戸に入団したことで、快斗は「プロ選手2人の弟」となった。雄也はプロの世界で結果を残し、かつて拓磨が在籍したJ1広島へステップアップするなど、注目度はどんどん上がっていった。一方、自分は高校で試合出場機会こそ増えたが、不動のレギュラーはつかめていない。
「拓磨、雄也は関係なく、自分の人生として真剣に考えて、悩んだ上で四中工でサッカーをすることを決めて入った。自分のことは自分で考えて自分で行動しないといけない。ただ、そう強く思いすぎてしまって、拓磨や雄也が僕のことを考えてアドバイスをしてくれるのに、『なんやねん』と思ってしまっていた自分がいました。拓磨に『スタッフから聞いたで。最近調子いいらしいな』と言われても、『いやいや、知らんやろ』と思ったこともあります。今思うと自分のことを思って、タイミングを見ながら気を使って声をかけてくれていたのに、ちょっと尖っていました」
短い出場時間でも下を向かない兄。
「俺は〇〇の弟じゃない」。そう思えば思うほど、尖っていく自分がいた。しかし、ある時にそれが逆に自分にとってマイナスに働いていることがわかった。
「高3で試合に出られるようになったけど、途中出場ばかりでメンタル的にも難しいと思っていたんです。でも拓磨も雄也も途中から出場することが増えて、スタメンを狙いながらも、与えられた時間で結果を出そうと必死になっている姿が自分と重なったんです。僕はまだ高校レベルだけど、2人は厳しいプロのレベル。苦しさは向こうの方が圧倒的に上なのに、愚痴をこぼさずに必死でプレーしているし、そんな状況でも僕に言葉をかけてくれている。本当に話を聞くべき、見習うべき存在がすぐそばにいることに気づいたんです」
快斗にとっては、拓磨も雄也も小さい頃から憧れであり、心から尊敬していた。しかし、いつの日から素直になれない自分がいた。浅野家に生まれてきたからこそ、拓磨と雄也という2人のプロフェッショナルを目の当たりにできただけでなく、2人は家族という特別な存在。「無償の愛」が存在し、真剣に自分のことを考えてくれている、信頼すべき最高のアドバイザーがいる恵まれた環境だった。
「正直、『俺は俺だ』なんてプライドは些細なものだったのかなと思いました。自分から兄に話を聞きに行くようになりましたし、僕にしか見ることができない拓磨と雄也がいるからこそ、吸収できることも多いと思ったんです」
初戦前夜に届いた2人からのLINE。
そして、高3の選手権予選を突破し、四中工は2年連続で選手権出場を手にした。前回大会はベンチ入りできず、スタンドでの応援となったが、今回はメンバーとして出場できる。
「今までずっと僕は兄の試合を『観る側』。悔しかったし、いつになったら観る側から観られる側に立てるんだろうとずっと思っていた。でも、ついに『観られる側』に立つことができる。自分が浅野家の中で主役になれる番が回ってきたんです」
喜びと覚悟を持って高校最後の大舞台に立った。実は選手権前に拓磨から「頑張れよ」と電話をもらっていた。以前なら心の中で「しらんやろ」と思っていたが、この時は心から嬉しかった。「そやねん、このままの調子で頑張るわ」と返し、電話を切るととてつもなく大きなモチベーションが沸き起こってきた。
初戦の日大明誠戦、3-1で迎えた64分に田口に代わってピッチに立つと、兄に負けないスピードとドリブル突破で見せ場を作った。ゴールこそ奪えなかったが、拓磨と雄也はスタンドから弟の勇姿を見守った。
「途中から出た選手はミスなんか気にせんとゴールを取ることだけを考えたらいい」(拓磨)
「猫がボールと戯れるように、ボールを追いかけ続けろ。頑張れよ!」(雄也)
初戦の夜に2人から来たLINEを見て、快斗の表情は緩んだ。
「拓磨は本当に冷静でかつ熱くて、ストレートに想いをぶつけてくれる。雄也はいつも独特な言い回しをするんです(笑)。言葉をひねってくるんですけど、それも凄く想いが伝わるんです。2人とも僕のことを考えてくれるし、『お前はお前やから』というのを誰よりも尊重してくれるんです」
「兄たちの前でプレーできて嬉しい」
2回戦の松本国際戦でも2-1で迎えた67分に田口に代わって投入され、2試合連続でスーパーサブ的な役割を果たした。3回戦の日章学園戦では1-2で迎えた51分に投入されると、チームは3-3の激戦を繰り広げ、PK戦での勝利。6年ぶりのベスト8進出に貢献した。
迎えた準々決勝・矢板中央戦。スタンドには初戦以来となる拓磨と雄也の姿があった。快斗は2点リードを許した後半頭から投入されると、何度もスプリントでゴールに迫るが、矢板中央の鉄壁の守備の前にシュートを1本も打てずに、0-2の敗戦を喫した。
「周りからは浅野拓磨、浅野雄也の弟と言われ、ようやく自分が主役になれる舞台、小さい頃から憧れて、拓磨が起用されたポスターで見ていた場所に立つことができた。スタメンで出られなかったのは悔しいけど、兄たちの前で自分のプレーを見せることができたことが本当に嬉しい。
正直、ここまで来るのに本当に長かったし、本当に辛かった……。これからもやっぱりこれを味わいたいし、自分の力で輝きたい。やっぱり僕はサッカーをこれからも本気で続けていきたいと心から思いました」
海外でのチャレンジを模索中。
浅野快斗は今、覚悟を持って新たなステージを模索している。残念ながら一番求めていたJリーグからのオファーはなかった。でもプロサッカー選手になることへの覚悟は変わらず、大学進学という道は選択肢になかった。
「サッカーで生活するのが夢なので、就職してサッカーを続けるか、海外にチャレンジするかの2択でした。雄也が大学からプロになる道も示してくれたのですが、僕はどちらかというと、性格的に雄也よりも拓磨に似ていると思うところがある。だからこそ、拓磨が示してくれた道を進みたいと思ったんです。拓磨は僕らが下にいたからこそ、経済面でも『高卒でプロに行くしかない』という覚悟でチャレンジした。それは本当に心から感謝をしていますし、生き様が本当にかっこよかった。僕は拓磨のように全力でチャレンジしたいと思った」
最初は就職に気持ちが動いていた。だが、それを引き止めてくれたのは拓磨だった。
「お金は俺が出すから、チャレンジする意思があるならチャレンジしたほうがいい」
その言葉が、快斗の背中を押してくれた。
兄に甘えるのはこれが最後。
もちろん、結果として「甘えている」と指摘されても仕方がない状況だ。だが、そこには誰も介入できない浅野家の絆と、もがき苦しみながら成長をしてきた快斗の想いがある。
「僕の中で拓磨に甘えるのはこれで最後にしたいと思っているんです。なんとしてもチャレンジをして、チャンスをつかみ取りたい。選手権の時のように自分が輝きたいんです。信頼できる家族が示してくれた道を歩んで行きたいし、拓磨や雄也からもっともっといろんな話を聞きたいし、話をしたい。もう恥ずかしさはありませんし、変なプライドもありません。こんなに話をできる、アドバイスをもらえる、そして信頼できて、絆がある人っていない。家族にそういう存在がいるということは、もう幸せ以外の何ものでもないと思うので、それを大切にして、いつか僕が輝けるように、今を全力で臨みたいです」
思わぬアクシデントでチャレンジは停滞をしてしまっているが、その分、拓磨と貴重な時間を過ごすことができている。未曾有の危機の先に輝ける未来を夢見て、浅野家の六男・浅野快斗は確かに見える光に向かって、絆と共に大きな成長を誓っている。
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