誰もが認めた野洲高の天才は 「『SLAM DUNK』の仙道タイプ」だった
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 今年の頭に行なわれた全国高校サッカー選手権大会で、個々のスキルを生かした静岡学園が優勝したのは記憶に新しい。そして今から14年前、同じように卓越したボールテクニックとコンビネーションによる「セクシーフットボール」で、全国制覇を成し遂げた滋賀県の野洲高校を覚えているだろうか。ファンの熱狂を呼んだあのサッカーを当時のメンバーに聞く。

◆ ◆ ◆

 

 彼のことを、誰もが「天才」と呼んだ。

 

 2005年度の第84回全国高校サッカー選手権大会で初優勝を果たした、滋賀県立野洲高校。その攻撃的で多彩なプレースタイルは”セクシーフットボール”と呼ばれ、大きなインパクトを残した。

 

野洲高日本一の時の10番として活躍した平原研

 

 その野洲高時代の同級生で、のちにJリーグで活躍したふたりは言う。

 

「『ケン!』って呼んだら、絶対にパスが出てくるんです。ほんま、いつ見てるんやろう? って思います」(青木孝太/元ジェフユナイテッド市原・千葉など)

 

「当時はケンがたくさんボールに触れば、試合に勝てると思ってました。対戦相手からも『あの10番誰? エグイな』ってよく言われていましたし」(楠神順平/元川崎フロンターレなど、現南葛SC)

 

 野洲高の司令塔として攻撃を操ったのが、のちにプロ選手6名を輩出するタレント軍団(青木、楠神のほか、内野貴志/現MIOびわこ滋賀、乾貴士/現エイバル、田中雄大/現ブラウブリッツ秋田、荒堀謙次/元栃木SCなど)の中で10番を背負った、平原研だった。

 

 当時の平原のプレーは異次元だった。たとえば、高校サッカー選手権1回戦の修徳高校戦。青木のゴールをアシストしたプレーでは、相手ゴールに背を向けた状態で、右サイドにいる青木へヒールでパスを通している。修徳の選手は3人とも逆を突かれ、置き去りにされた。

 

 2回戦の四日市中央工業戦でも、乾のパスを受けた平原は、ダイレクトで右足のアウトサイドでパスを出し、青木のゴールをお膳立てしている。パスの技術、アイデアは高校生レベルを超えていた。

 

 青木は平原のことを、当時流行っていたマンガ『SLAM DUNK』の登場人物にたとえて言う。

 

「ケンは仙道(彰)タイプですね。天才です。四日市中央工業戦で僕が決めたシュートも、いつ僕のことを見たのかなと思うんですけど、名前を呼べばパスが来る。そんなパスはプロに入ってからでも受けたことがないですね。ピッチを上から見てるようでした」

 

 川崎やセレッソ大阪で活躍した楠神は、共にプレーするようになった中学時代から、絶大な信頼を寄せていたことを明かす。

 

「ケンには、中高の6年間で何回アシストしてもらったか。感覚的には(中村)憲剛さん(川崎)タイプです。『俺のことは見えてへんやろうな』と思って走っていると、パスが出てくるんです。その感覚を味わったのは、人生でケンと憲剛さんのふたりだけです。『うわ、ほんまにパス来たよ』と驚くぐらい」

 

 選手権決勝の鹿児島実業戦。延長戦で瀧川陽が決めた「高校サッカー史上、もっとも美しいゴール」のお膳立てをしたのも平原だった。まず、田中のサイドチェンジを受けた乾が、中央へドリブルで切れ込む。そしてヒールでボールを落とし、平原とスイッチする。

 

 平原は当時を振り返って言う。

 

「(乾)貴士から、ヒールでパスが来るとは思っていました。でも、ちょっとだけパスがズレたんです」

 

 平原は最初、ゴール前にいる瀧川に出そうとしたが、パスコースがないと見るや、右サイドをオーバーラップした中川真吾の足元に、そっと置くようにパスを送った。

 

「ほんまはゴールに直結するパスを出したかったんです。でも、パスコースがなかったので、右に走っている(中川)真吾に出しました。ゴールが決まった瞬間は、勝った、行けた、と思いましたね」

 

 大会を通じて攻撃の中心として活躍し、7ゴールに絡んだ平原だったが、楠神に言わせると「ケンが選手権で特別に調子がよかったイメージはないです。あれぐらいのパスは、いつも出してましたから」となる。

 

 もっとも平原にとって、初めてとなる選手権の舞台は「いつもよりやりにくかった」のだという。

 

「スパイクがね、それまで使っていた、アシックスのDSライトではないものを履いていたんです。最初はナイキを履いて、やりづらくて、選手権ではアディダスを履いたんですけど、それも足に合わなくて。まあ、自分で決めたことなので、仕方がないんですけど(笑)」

 

 履いていたスパイクを変えたのは、ゲン担ぎのためだった。平原たちの学年は、高校3年生の選手権まで、全国大会に出たことがなかった。

 

 平原や楠神、青木やキャプテンの金本竜市は、中学時代、滋賀県のセゾンFCでともにプレーした仲間である。当時は別々の進路を描きながらも、中学3年生の最後の大会で、京都サンガF.C.U-15に悔しい負けをしたことで「みんなで野洲高に行って、日本一を取ろう」と決めた。

 

 しかし、高3のインターハイ予選が終わった段階で、一度も滋賀県予選を突破できず、残された大会は選手権だけとなっていた。

 

 中高の6年間を通じてつくり上げたサッカーには自信があった。しかし、公式戦になると勝てない。選手権に出られなかったチームが正月に集う”裏選手権”と呼ばれる大会や、強豪校が主催するフェスティバルでは、並み居る名門を倒していたにもかかわらず、である。

 

 野洲高の選手たちは、結果が出ないことに対する危機感を募らせていた。何かを変えなければいけない。平原はまず、自身の態度を省みることにした。

 

 小学1年生の頃から”天才”と呼ばれた平原は、超がつくほどの負けず嫌いだった。味方がミスをすると、強い口調で叱責したり、対戦相手とやり合うのも日常茶飯事だった。

 

「それまでは、結構ネガティブな発言をしていたんですけど、高3のインターハイ予選で負けた時から、このままではあかんなと思い、ネガティブなことは言わんとこうと決めました」

 

 チームメイトの中には、コーチから「運をよくするためには、日頃の行ないをよくすることや」と言われて、学校の周りのゴミ拾いをする者もいた。彼らなりに、わらをもすがる思いで行動を改め、最後の選手権に賭けていたのである。

 

 だからこそ、選手権の滋賀県予選の決勝戦で北大津高校に勝った時は、うれしさよりも「ほっとした気持ちのほうが大きかった」(平原)という。

 

 優勝を果たした選手権では、チームの司令塔として活躍。当時のプレーについては「自分で(映像を)見ても、うまいなあと思います。ただ、いい編集をしてくれているのもあると思うんですよ。ミスはカットしてくれているので(笑)」と謙虚な姿勢を崩さない。

 

 小学校1年生からの幼馴染でキャプテンの金本や、決勝戦でゴールを決めた瀧川は「ケンは、ほんまはもっとうまいです。ハンデつけてやっていましたから」と茶化す。

 

 彼らの話を謙遜しながら聞く平原に、優勝したことに対する感想を尋ねると、「全国に行った時に優勝を意識し始めて、本当に優勝してしまったという感覚です」と落ち着いた口調で振り返る。

 

出場を決めて「ほっとした」という全国大会で見事に優勝した野洲高校(写真右から2人目が平原)

 

「みんなと集まると、いまだにサッカーの話をするんです。今の野洲高にニッチョ(金本のあだ名)や(瀧川)陽がコーチとして関わっているので、余計にそうなのかもしれないですけど。(楠神)順平もオフに顔を出していますし。それは、優勝できたからというのもあると思うので、みんなと一緒にやっていてよかったなと思います」

 

 卒業後は近畿大学に進み、一般企業を経て、野洲高時代の同級生が立ち上げた運送会社のナンバー2として奮闘している。

 

 高校時代、圧倒的なパスセンスとプレービジョンで異彩を放っていた平原だったが、実のところ高校2年の時点でプロ入りはあきらめていた。彼自身、「プロは無理やな」と痛感する、とある理由があったのだ。

(つづく)

 

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