サッカー王国静岡、苦悩の20年史。 長谷部誠や内田篤人を輩出の一方で
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藤枝東時代の長谷部誠。ちなみに10番を背負ったのは成岡翔という豪華な陣容だった。

 

 今から25年ほど前、大学進学のために上京した筆者が出身地を答えると、「やっぱり、サッカーやってたの?」と、必ずといっていいほど聞かれたものだ。

 

 そう、筆者は静岡県出身である。

 

 実際に高校時代はサッカー部だったが、住んでいたところはむしろ野球が盛んな地域(母校は高校3年時に甲子園に出場した)。某サッカー漫画の舞台となったために他県の人には強豪と思われたが、その実、県大会出場が目標の弱小チームだった。

 

 当然、静岡県民全員がサッカーをやっているはずもなく、そのステレオタイプ的なものの見方は、我々日本人が、ブラジル人はみんなサッカーが上手いと思っているのと似ているだろう。

 

 なぜ、ブラジル人にそうしたイメージを持っているかといえば、我々がそれ以外にブラジルのことをよく知らないからだ。つまり、他県の人にとって、静岡県にはサッカー以外の印象がなかったのだろう(あとはお茶くらいか……)。

 

 それは他県の人だけでなく、静岡県民も同じだったかもしれない。我々が誇れるのはサッカーだけ。サッカーこそが、静岡県民にとってのひとつのアイデンティティだったのだ。

 

 そういう時代だった。

 

1980~90年代は“王国”だった。

 

 1980年から90年代にかけて、静岡はまさに“サッカー王国”だった。まだJリーグが誕生する以前、人々が目に触れるサッカーは「全国高校サッカー選手権」であり、そこで静岡県勢が無類の強さを誇ったために、静岡=サッカーというイメージが定着したのである。

 

 古豪・藤枝東に追随する清水勢が台頭した1980年代。'82年度に清水東が日本一となると、'85年度には清水商が全国制覇を果たした。

 

 翌年には東海大一が全国優勝を成し遂げ、'88年度には再び清水商が頂点に立っている。'80年代の10年間で、静岡県勢は実に4回の優勝を達成。準優勝も2回を数える。全国で勝つよりも県予選を勝ち抜くほうが難しいとさえ言われるほどだった。

 

川口、名波、澤登、伊東輝、小野。

 

 '90年代も静岡の時代は続いた。'93年度は川口能活を擁する清水商が三度目の日本一となり、'95年度には静岡学園が初の頂点に立っている。'80年代と比べれば勢いに陰りは見えたが、それでも優勝2回、ベスト4は2回、ベスト8も2回と優勝候補の常連であることに変わりなかった。

 

 結果だけでなく、輩出したタレントも豪華絢爛だ。'80年代は清水東の三羽烏(堀池巧、長谷川健太、大榎克己)をはじめ、東海大一のアデミール・サントス、澤登正朗。清水商からは藤田俊哉、名波浩、山田隆裕など、多くの選手が後に日本代表に名を連ねるようになる。

 

 '90年代にも「静岡のマラドーナ」と呼ばれた伊東輝悦(東海大一)、清水商の川口と小野伸二。そして小野と同学年では清水東の高原直泰と、日本を代表するタレントたちが数多く生み出されている。

 

 ちなみに1998年のフランスワールドカップの日本代表メンバー22人のうち、10人が静岡の高校出身者だったことからも隆盛がわかる。

 

才能が枯渇したわけではなかった。

 

 もっとも2000年代に入ると、静岡県勢の凋落が叫ばれるようになる。

 

 その原因のひとつに、タレントの分散が挙げられるだろう。プロを目指す逸材は部活ではなく、清水エスパルスやジュビロ磐田の下部組織を選択するケースが増えた。

 

 またリーグ戦の整備など、全国的に育成年代の強化・底上げが図られたことも大きい。あるいは独自メソッドを掲げる革新的な指導者が増えてきたこともあるだろう。全国各地にサッカーの強豪校が生み出され、もはや静岡のサッカーは特別なものではなくなったのだ。選手権では2007年度の藤枝東の準優勝が最高成績。優勝は一度もなかった。

 

 それでも静岡の高校にタレントが枯渇したわけではない。

 

 2000年代には藤枝東から長谷部誠、清水東からは内田篤人という稀代のプレーヤーが輩出されている。他にも長谷部と同学年ならびに近い世代なら菊地直哉(清水商)、成岡翔、大井健太郎(ともに藤枝東)、矢野貴章(浜名)、鈴木啓太(東海大翔洋)など。内田の同年代であれば水野晃樹(清水商)、山田大記(藤枝東)らが静岡県の高校出身者だ。

 

2010年代に入ってから低迷期に。

 

 しかし、2010年代に入ると、静岡県勢は選手権で勝つことができなくなった。とりわけ2015年度からは4年連続で初戦敗退という屈辱にまみれ、サッカー王国の栄華は完全に過去のものとなった。

 

 後にプロで活躍する選手もなかなか生まれなくなっている。もちろんJクラブの下部組織出身者が大半を占めるようになった時代の流れもある。近年の最高傑作である大島僚太(静岡学園)や、この度、清水エスパルスからシント・トロイデンに移籍した松原后(浜松開誠館)も含めタレントは輩出されているものの、その数が減少傾向にあるのは否定できない事実である。

 

 王国の衰退は、高校だけの話ではない。ジュビロ磐田は2度目のJ2降格の憂き目にあい、清水エスパルスも低迷が続いている。そうしたなかで今年度、静岡学園が24年ぶりに選手権で優勝を果たしたのは、静岡県のサッカー界にとって久しぶりの明るいニュースとなった。

 

 

「勝利至上主義」が低迷に?

 

 静岡の高校サッカーの低迷について、静岡学園の川口修監督は「勝利至上主義」を原因に挙げている。結果にこだわるあまり個の育成が疎かになっているのではないかと、指揮官は主張したのだ。

 

 その流れに抗うかのように、静岡学園はあくまで個人技を重視する伝統のスタイルで全国の頂点に立った。信念を貫き、結果を手に入れた静岡学園の戦いぶりは、静岡県の高校サッカー界に「王国復権」のヒントと希望を与えるものとなったはずだ。

 

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