本当に大切なことはすべて彼らが教えてくれた (國學院久我山高・清水恭孝監督)
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 自らの持てる最大限の情熱を注ぎ込んだ選手たちがバタバタと倒れ込んだグラウンドを少しだけ見つめてから、踵を返してベンチの方に歩いていく。すべてが終わった解放感と、すべてが終わった喪失感が、頭の中で複雑に混ざり合う。「『終わる時、自分がどういうふうに思うのかな』と考えることもあったんですけど、なんか悔しいとか残念だというよりも、幸せな1年でした。このチームと一緒にサッカーができて良かったと思います」。コーチから数えれば9年間。國學院久我山高を率いてきた清水恭孝の長い戦いは、終わった。

 監督デビューの年は華々しい成果が待っていた。2015年。4年間に渡り、チームを陰日向となって支えてきた“清水コーチ”は、前任の李済華監督からバトンを受け継ぎ、國學院久我山高サッカー部の監督に就任する。

「これまでも李さんからはいろいろなことを任されていたので、自分の中で最初はそれほど大きな変化はないと思っていたんですけど、実際になってみるとやっぱりプレッシャーはありますね」。当初は変化した立場に慣れない様子も窺えたものの、夏には全国総体の出場権を獲得し、勢いそのままに3年連続となる高校選手権予選での東京制覇も成し遂げてみせる。

 監督として初めて臨んだ全国は躍進の舞台。1回戦から着実に勝利を積み重ね、久我山史上初のベスト4を手繰り寄せると、青森山田高も後半アディショナルタイムの決勝点で下し、日本一に王手を懸ける。最後は東福岡高に0-5と大敗を喫したものの、堂々の全国準優勝。「久我山というチームが日本一を目指すために大きな変革はないと。久我山は久我山のスタイルで、久我山らしく日本一を目指したいなと。そこはブレないでやっていきたいと思います」。決勝後の会見で力強く言い切った言葉が印象深い。ただ、このあまりにも大きなインパクトは、その後の監督生活へ付いて回ることになる。

 清水は悔しさを噛み締めていた。翌年の高校選手権予選。初戦で激突したのは、1年前の決勝で倒した帝京高。埼玉スタジアム2002のピッチに立った選手を6人も擁していた久我山だったが、リベンジに燃えるカナリア軍団に0-1で屈してしまう。前年度より4か月近くも早い段階で突き付けられた敗退。「どうしても周りの皆さんが準優勝のチームと見てくださることで、ひょっとすると彼らにはこの1年間で守るべき大きなものができてしまって、苦しい状況を自分たちで作ってしまったのかなと」。

“全国準優勝”という視線は、監督である清水にも当然注がれる。「2年目のジンクスを思いっきり受けていますし(笑)、プレッシャーも思いっきり感じています。勝った後の年の苦しさを味わせてもらっていますので」。シーズン途中で聞いたこの本音も、監督業の厳しさをよく現わしていたように思う。

 苦闘の日々は続く。2017年のチームは粘り強い戦いで決勝まで勝ち上がったものの、延長後半のラストプレーで失点を喫し、涙を飲む格好に。2018年のチームも夏の全国16強を経験しながら、駒澤大高の大応援団を含んだ圧力に飲み込まれ、準々決勝での敗退を余儀なくされる。

 現在の久我山はAチームがT1(東京都1部)、BチームがT2、CチームがT4(東京都4部)に所属して、それぞれのリーグを戦っている。たとえばT1とT2のリーグ戦が同じ会場で組まれた場合、試合の終わったT1の選手たちが、T2の試合の応援団として声援を送ることも。実力はもちろん、グループの一体感という意味でも、確実に久我山サッカー部へポジティブな変化はもたらされてきた。それでも、やはりどうしても周囲の見る目は高校サッカーにとって最大の舞台、“選手権”が基準となる。あの準優勝から3年。もう在籍している選手に冬の全国を知る者は1人もいなくなっていた。

 2019年。勝負の年と位置付けた1年が幕を開ける。キッカケは3月の船橋招待だった。帝京長岡高や前橋育英高といった全国の強豪とも互角以上に勝負を繰り広げるチームを見て、清水はある考えに至る。「選手たちは目標設定が見えていなかったみたいですけど、『オレは正直見えた』と。『日本一が本当に獲れるんじゃないか』っていう手応えを感じたんです」。

 その話を聞いたのは4月。率直に言って、驚いた。基本的には冷静で謙虚。いわゆる大言壮語の類は一切口にしない清水から、それだけの言葉が出てきたことが意外だった。「ウチの子たちには『破壊には破壊以上の創造を生まないと勝てない』と。『創造で破壊しなきゃいけないんだ』と言っていて。だから、自分たちのやるべきことをどんどんやって、相手を破壊できるようにというコンセプトの中で、選手たちはよくやってくれていると思います」。次々と出てくる強いフレーズに、例年とはまったく違う“覚悟”のような雰囲気が漂っていた。

 とにかく負けない。リーグ戦。関東大会予選。関東大会。総体予選。重ねた連勝は驚異の15。6月の時点で3つのタイトルを奪い取り、夏の全国出場権も獲得。ゲームキャプテンの山本航生も「今は試合中でもシンプルにやっていて楽しいですし、入学した時は自分たちの代でここまでできるとは思っていなかったので、ビックリもしていますし、凄く嬉しいです」と自信を口にする。

「今年はちょっと今までと違う感じがしませんか?どこかで今までの“上手かった”チームよりも“強く”したかった所があるので、そういうアプローチをし始めた去年の子たちの功績が大きいんです。プレーモデルが何となくわかっている上に、今年は本当に明るくて前向きな子が多いので、そういう意味では久我山らしさにプラスアルファという所なのかなと。もちろんまだ完璧ではないですけど、僕が見た中では一番良いチームになっていると思います」。清水の口調に力が籠もる。沖縄の夏は、飛躍の夏になるはず、だった。

 清水はチームから離れ、テントの下で1人佇んでいた。7月26日。大きな自信を抱いてチャレンジした真夏の全国総体は、1回戦で大会を去ることとなる。神村学園高に逆転負け。並々ならぬ期待を携えて沖縄へ乗り込んできただけに、受けたショックは計り知れないものがあった。「言いようがないですよね、何もね。こんなゲームをやっていたら」。逡巡しながら近付き、声を掛けた清水の顔にも大きな落胆の色が浮かぶ。

「タフじゃないんでしょうね。心の問題だと思うんですよ。うまく行かない時はたいてい自分のミスも人のせいにしているから、結局うまく行かなかった時に、それをみんなで乗り越える力がウチにはないんでしょうね。もう1回イチからやり直しかなって思います。僕も含めてチームの在り方とか、大きな改革をした方が強くなるのかもしれないし」。今から思えば、この言葉に清水が長年抱えてきた想いが凝縮されていた気がしてならない。

 4年ぶりの全国出場だけを義務付けられた、高校選手権予選がやってくる。初戦の早稲田実高戦は1-0と辛勝し、準々決勝の実践学園高戦は7-1の大勝。西が丘で対峙した成立学園高にも1-0で競り勝って、ファイナルへの進出を決めた試合後。今までのチームと今年のチームの違いについて問われた清水から、言葉が零れる。

「毎年その代の3年生を中心に、選手たちも僕たちもベストを作ってきたと思っていますので、今年に対する特別な想いは気にしていないです。ただ、何となく成功と失敗とか、良い所も悪い所も経験しながら自分自身も成長させてもらった部分があるので、それを思い切って発揮できるような状況を作れたかなと。高校サッカーって、この選手権だけ獲れないチームがいたり、この選手権だけを必ず勝ち上がってくるチームもいるじゃないですか。その難しさを常に彼らには伝えてきたので、そういう意味では大舞台に立っても、その力を発揮してくれると思います」。勝つか、負けるか。全国に出られるか、出られないか。2つに1つ。東京でのラストマッチが待ち受けている。

 清水の瞳は潤んでいるように見えた。11月16日。4年前と同じ帝京との決勝。2点を先制しながら、2点を追い付かれたチームは、粘り腰を発揮して4-2と宿敵を破り、東京の頂点を手繰り寄せる。試合を終え、ミックスゾーンに現れた指揮官がゆっくりと語り始める。

「ホッとした部分もあるし、『獲り切ってくれたな』という感じで、何とも感慨深いものがあったかなと思います。歳を取ると涙もろくなってくるんですよね。あまり選手の前では泣かないですけど、全国で準優勝してから2年くらいノンタイトルで終わった時があって、苦しい時期を経験した分だけ、実際はそのくらいの気持ちがありますね」。

 選手たちには、この決勝のタイミングで清水から今年限りでの退任が伝えられたという。「自分たちは1年の頃から清水さんの元でメンバーに入れたヤツが多くて、清水さんを全国に連れていきたい気持ちは本当に強かったですし、ここからも清水さんと美しくかつ強く日本一を目指してやっていきたいです」(加納直樹)「夏の沖縄では期待を裏切ってしまった形になったのに、それでも監督は信じてくれていたと思うので、今度は僕たちが監督を日本一にする番だなと思います」(福井寿俊)。薄々はその雰囲気を感じ取っていた彼らも、改めて聞かされた事実に想いを強くする。『清水さんと日本一に』。覚悟が、より深まる。

 12月30日。4年ぶりの全国は衝撃的な大勝でスタートした。開会式直後に行われた開幕戦。前原高と向かい合った久我山は、山本航生と山下貴之が共にハットトリックを達成し、8-0というスコアで勝利を収める。だが、試合中の清水はあることで悩んでいた。既に大量リードを奪っていた中で、最後となる5人目の交替選手を考え、アップエリアにいる明田洋幸へ目を向ける。

 明田は“指名された”キャプテンだ。試合に出る可能性は高くないものの、その人間性を評価し、周囲の反対を押し切って彼を大役に指名した清水は「明田は本当に明るくて良い子で、『自分の息子がああいう子になってくれたらいいな』って思う子です(笑)」と笑いながら明かしたこともある。それゆえにこの大舞台を経験させてあげたい親心と、勝利に徹しなければならない指揮官としての責任がせめぎ合う。そして、選んだ5枚目のカードは明田ではなかった。「彼はそういうキャプテンなので、理解してくれていると思っていますから」。

「自分もちょっと可能性はあるかなと思ったんですけどね」と笑った明田はわかっていた。清水の葛藤も、自らの役割も。「『本当に自分がキャプテンでいいのかな』と悩んだ時もありますし、自分が試合に出ていないのに、チームを引っ張れるのかは凄く不安だったんですけど、周りのチームメイトも『オマエがキャプテンで良かったよ』みたいに言ってくれるので、本当に適任だと考えてくれた監督に感謝しています。次は出られるようにしっかり調整して、最高のパフォーマンスができたらいいかなと思っています」。想いはしっかりと通じていた。

 1月2日。専修大北上高との2回戦。後半に入って退場者を出した久我山は、数的不利の状況でも懸命に戦い、7人目までもつれ込んだPK戦の末に何とか次のラウンドへと勝ち上がる。苦しい試合をモノにした試合後。山本航生はこう想いを紡ぎ出す。「僕は1年からトップチームでずっと監督の指導を受けているので、監督が最後に埼玉スタジアムで日本一のインタビューを受けている姿をいろいろな人に見せてあげたいですし、本当に監督のために戦っているといっても過言ではないぐらいの気持ちを持っています」。

 キッカーの順番は選手たちが決めていた。「PKはキックが上手くて、技術が高い方が勝つと思っていますので、『自信を持ちなさい』と。だから、みんなを信じて、自分たちでキッカーも決めさせて。そこが甘いと言えば甘いのかもしれないですけど、よく頑張ってくれたなと思います」。PKは見ないと決めている清水は、誰が蹴ったかも把握していなかったが、喜ぶ教え子の姿を見て勝利を知ったという。次はベスト16。勝っても、負けても、最後の瞬間が着実に迫ってくる。

 1月3日。昌平高との3回戦。相手の圧力に押し込まれ続けながら、必死に耐える久我山。苦しむ教え子の姿を見ていた清水には、ある感慨が生まれていた。「『自分たちがやりたいサッカーをやって、それがダメだったら負けてもいいじゃん』って言った瞬間に、それはサッカーじゃない気がするんですよね。『それでいいんだよ』って言った瞬間に、『じゃあ、うまく行かなかったらやらなくていいじゃん』って言っているのと同じだと思って、それはしたくなかったので、彼らが必死になって戦っているのを見て、本当によく頑張ってくれたなと。彼らにも成長させてもらったし、彼らも成長できたんじゃないかなと思います」。

 あるいは清水が監督に就任してからの5年間で、それが最も久我山に必要だと信じ、強調してきた部分だったかもしれない。『どこかで今までの“上手かった”チームよりも“強く”したかった所がある』という言葉を思い出す。全国のピッチで、思うように自分たちのサッカーができないピッチで、清水の教え子たちは強く、逞しく、粘り強く、ボールを追い掛けていた。

 しかし、最後の最後でサッカーの神様は残酷な結末を用意していた。後半40+2分。途中出場だった相手の1年生が左足を振り抜くと、ボールはクロスバーを叩きながらゴールネットへ吸い込まれる。直後に聞こえたタイムアップの笛。あと1分。懸命に耐え続けた久我山の祈りは、届かなかった。

 自らの持てる最大限の情熱を注ぎ込んだ選手たちがバタバタと倒れ込んだグラウンドを少しだけ見つめてから、踵を返してベンチの方に歩いていく。すべてが終わった解放感と、すべてが終わった喪失感が、頭の中で複雑に混ざり合う。「『終わる時、自分がどういうふうに思うのかな』と考えることもあったんですけど、なんか悔しいとか残念だというよりも、幸せな1年でした。このチームと一緒にサッカーができて良かったと思います」。コーチから数えれば9年間。國學院久我山高を率いてきた清水恭孝の長い戦いは、終わった。

「試合が終わって一番最初に思ったのは、悔しさもいっぱいあったんですけど、やっぱり監督と3年間一緒にサッカーをやってきて、『これでもう一緒にできなくなってしまうんだ』という想いでした」(山本航生)「一番に浮かんだのは監督の顔ですね。清水監督を日本一の監督にすることを目標にして頑張ってきた部分もあるので、それを成し遂げることができなかったのがとても悔しかったし、監督と一緒に試合をするのはこれが最後かと思うと涙が出てきました」(明田)。

 ロッカールームから取材エリアへ出てきた清水の両眼は赤く濡れていた。「昌平さんは強かったですね。完敗です」。率直な感想が口を衝いた清水に、ストレートな質問をぶつける。「その涙にはどういう意味があるでしょうか?」。少しだけ考えたのち、返ってきた答えはこういうものだった。

「何なんですかねえ。ちょっとわからないですけど、実際は本当に辛い1年だったんですよ。孤独だったし、誰にも助けを求められないような。だから、選手たちとピッチにいる時が一番幸せで、すべてを忘れられていた。それを思い出したからですかね。47にもなったオヤジの涙を見てもしょうがないのにね(笑)」。

 監督の孤独は計り知れない。それが日本一を真剣に目指すようなチームであれば、よりその苦悩は際限がないだろう。でも、その孤独を救ってくれたのは、グラウンドで躍動する教え子たちだった。その孤独を癒してくれたのは、笑顔で自分と接してくれる教え子たちだった。そんな彼らの涙を見た時に、清水の中でも何かが決壊した。きっとその理由の真意は彼らだけが共有しているし、それでいいのだとも思う。

 沖縄から帰京して1か月後ぐらいだっただろうか。清水が「見てくださいよ」と言いながら、携帯電話に保存されている動画を見せてくれた。液晶画面には水族館のイルカショーで、イルカに水を掛けられてずぶ濡れになっている加納と明田に、それを見て笑っているチームメイトたちが映っている。その様子を改めて嬉しそうに眺めている清水の横顔は、彼らの監督というよりも、まるで彼らの父親のようだった。その表情が今でも忘れられない。

 清水が戦ってきた9年間の日々と、清水が築いてきた教え子たちとの絆に、最大限の敬意を。

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