「本当に悩みました。ギリギリまで迷いましたし、これまで進路に関しては全部自分で決めてきたので、今回もそうしようと思ったのですが……やはり決めきれなくて、いろんな人に相談をしました」
染野唯月は悩み抜いた結果、鹿島アントラーズ入りを決断した。
昨年度の高校サッカー選手権で尚志高校をベスト4に導き、準決勝の青森山田高校戦では圧巻のハットトリックを達成し、大会得点王に輝いた高校生ストライカーだ。
染野を巡る争奪戦は激しいものだった。J1の名だたるクラブがこぞってラブコールを送る中、染野は鹿島、浦和レッズ、FC東京に絞り、3チームすべての練習に参加した。
「この3つのクラブが自分を評価してくれたことは本当に嬉しいことですし、感謝しています。どれも素晴らしいチームで、環境も整っていたからこそ、決めるのは簡単ではなかった」
鹿島での競争に勝てばA代表も見える。
7月2日、尚志高校で入団内定会見が行われた。
尚志の仲村浩二監督、鹿島の椎本邦一スカウト担当部長に挟まれた彼は、すっきりした表情で会見に臨んでいた。1時間に渡る会見が終わった後、筆者と染野は膝を突き合わせて話をすることができた。彼はその胸の内を語ってくれた。
「2月下旬に鹿島の練習に参加して、5月のインターハイ予選前に浦和、FC東京と練習に参加させてもらいました。そこからいろいろ考えたのですが、アントラーズでスタメンを掴めるようになれば、A代表も自ずと近づいてくると思いましたし、あの厳しい競争の中で打ち勝てれば、自分の自信にも繋がると思った。それが最終的な決め手になりました」
鹿島ユースに昇格できなかった染野。
もう1つ、彼には鹿島との縁があった。
鹿島には直属の下部組織が3つある。「本家」と呼ばれる鹿島ジュニアユース、そして、つくばジュニアユースとノルテジュニアユースだ。茨城県出身の染野は小学校、中学校とつくばジュニアユースに所属していたが、そこから鹿島ユースに昇格することができず、福島にある尚志高校に進学した。
「本家は『アントラーズ』という目で見られていましたが、僕がいた時のつくばはどこか格下のように見られている印象がずっとありました。それに、僕は『ユースへ昇格できなかった選手』なので、絶対に見返したいという気持ちが強かった。だから高校でもっと成長するという覚悟を持てました」
ただ、染野自身も「プロに行けることを想像していなかったですし、まさかアントラーズに戻れるなんて……」と語ったように、プロとして鹿島に戻ることは決して簡単ではない。ジュニアユース出身選手が高校を経て鹿島に加入した例は、FW佐々木竜太(2006年入団、現・南葛SC)の1人のみ。さらにいえば、佐々木は染野と違って「本家」の鹿島ジュニアユース出身だった。
「周りからも『高卒でアントラーズに入ることは難しい』と言われていた。大学からもアントラーズは即戦力の選手しか獲得しないので、それも厳しいのではと思っていた」
転機となったFWへのコンバート。
だが、そんな彼に鹿島からオファーが届いた。
中学時代まではボランチだった染野は、仲村監督に高さ・キープ力・シュートセンスを見出されFWにコンバートすると徐々に才能が開花し始める。「2年生になってから注目をしていました」と鹿島スカウトの椎本氏が語ったように、高2になるころには知る人ぞ知るストライカーに成長していた。
「獲得の決め手は昨年の選手権。点を取れる選手だと思ったし、そこに至る過程も素晴らしかった」(椎本氏)
前述した通り、染野は選手権でゴールを量産。前橋育英高校、帝京長岡高校、青森山田高校と強豪相手に3試合連続ゴール。得点パターンもドリブルで持ち込んだものから、スルーパスやパスワークからの抜け出したもの、クロスからのゴールとバリエーションが豊富だった。選手権前の高円宮杯プレミアリーグ参入決定戦の横浜F・マリノスユース戦では、前線で圧倒的な存在感を見せつけ、チームをプレミアリーグに導く打点の高いヘッドを決めていた。
「自分のゴールが持つ意味」に気づいた。
「今思うと、尚志でFWにコンバートされたことが本当に大きかった。ここに来たからこそ、選手権でストライカーとしての自覚を持つことができて、そして鹿島に戻れた。正直、僕はボランチとしてユースに上がりたかったし、高校でもボランチとして成長したいと思っていました。なので、ボランチというポジションにはずっと未練があった。高2の春ぐらいまでは『もう俺にはFWしかない』と割り切るために自分に言い聞かせていたほど。ゴールを奪うことにそこまで大きな責任を感じていませんでした。
でも、プレミア参入戦のマリノス戦で『自分のゴールが持つ意味』に気づくことができたんです。あの試合から『ゴールを決めたいな』から『決めなきゃいけない』に変わりました。FWとしてシュートを決める責任感を理解することができたし、FWとしての自覚が生まれました。もうボランチへの未練は一切なくなって、『点を決めるためにはどうしたらいいか』と深く考えるようになりました。ゴール前に入る回数、入り方のバリエーションにこだわるようになった状態で選手権に入ることができたんです。
選手権を通じて、厳しい試合こそ、自分のゴールでチームを勝たせたいという思いが沸々と湧いてくるのが分かりました。それに自分の最大の武器はパスやキープ力ではなく、シュートにあると気づくことができたのも自分の中で大きなことでした」
磨きがかかった天性のシュートセンス、ゴールスキルを大一番で発揮し続ける勝負強さ。それが椎本氏らの決断を引き寄せたのだった。
早まる海外進出に見合ったスカウト策。
椎本氏は獲得の経緯をこう話す。
「我々が今、求めているのは点を取れるFW。現状でも素晴らしいFWがいますが、やはりチームの強化は常に2年後、3年後を考えて、将来獲得した選手が年齢的にここ(2~3年後)で主軸になってほしい。だから今から準備をしておかないといけない。鈴木優磨も23歳で、伊藤翔は30歳。それにセルジーニョも土居聖真、白崎凌兵も1.5列目以降の選手。彼らより若いストライカーが必要だった。
昔は18歳で入団すると、20歳くらいから試合に出始めるようになり、28歳くらいまではいてくれた。だが、今はもう21~23歳でチームの主軸になった瞬間に海外クラブへ渡っていく傾向がある。喜ばしいことでもあるからこそ、スカウト側もそこを加味して獲得プランを出さないといけない。(主軸を)抜かれたことでチームが弱体化してしまってはいけない。
そうした強化軸を考えると、大卒はもう即戦力クラスでないといけないし、だからこそ高卒選手はじっくりと育てられる選手が必要でした」
染野の覚醒と鹿島の補強ポイント。
興梠慎三、大迫勇也、金崎夢生といったポイントゲッターが抜け、鈴木も怪我を抱えているこの状況で、点が取れるストライカーは鹿島にとって喉から手が出るほど欲しい人材だった。そして人材の年齢的な配置もチームの継続的強化の重要な項目で、鈴木よりも年齢が下のFWの層は薄かった。
そこでまず、即戦力として法政大学3年生の上田綺世を獲得(2021年シーズンからの加入内定)。20代前半の選手が加わったことで、次は10代のストライカーの獲得が最重要事項になった。
つまり、染野の覚醒と鹿島の補強ポイントが見事に重なり、一度突き放されてしまった鹿島との縁が引き寄せる形で、今回の内定が決まったのだった。
中学時代からユニフォームの重みを知る。
「僕の中には『アントラーズ=常勝軍団』というのが中学時代に刷り込まれています。ジュニアからジュニアユースに上がって、僕もアントラーズの一員としての誇りを持っていたし、『このユニフォームを着れることに責任を持ってプレーしろ』と常に言われていたので、重みは分かっているつもりです。
今、改めて鹿島でプロになってみて、あの言葉を思い返したときにその重さを再認識していますし、この気持ちがあるからこそ、アントラーズで自分が成長できると思っています」
3年ぶりに胸に刻まれたアントラーズスピリットに椎本氏も大きな期待を寄せる。
「今すぐではないですが、将来的には上田綺世と2トップを組んでもらいたい。綺世はゴール前で裏を狙うタイプで、唯月はボールを収めることができて、パスも出せる選手。この組み合わせはかなり面白いと思う」
クラブの大きな期待を背に受けて、染野唯月は大きな一歩を踏み出した。
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